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感情 (喜・怒・哀・楽)


人の感情には喜怒哀楽がある。
しかし、アダルトチルドレンにとって、
喜怒哀楽はどこかへ置いてきてしまったのか?
蓋をして何も感じないようにしてしまったのか?
あまり感情を表に出さない。
というより、出せないでいる。

体験談を語る作業をしていくと、何故か?
感情がよみがえってくるから不思議だ!
今まで我慢してきた感情が、
一気に吹き出すかの如く
次から次へと湧いてくる。

人によっては上手く感情を出す人がいるけど、
奥歯に物がはさまっているようで不自然だ。

文句が言いたい時に言えないでいた頃、
本当に辛かった。
胸が締め付けられているようで、
上手く表現しようとするから余計に辛くなる。

感情に“蓋”をしているため、 喜び事には、喜んだふり。
怒りは怒らないよう心がけ、表面を取り繕う。
哀は人に知らせることなく、一人で哀しむ。
楽は「楽をしてはいけない!」と植え付けられ、
堕落した人のように思わされて育つ。

そして、笑顔はどこへやら・・・

このまま蓋をした人生は送りたくない。
いつか!人にしてもらって時(誉めてもらった時)、
ありがとう(嬉しい)と喜び、
傷つけられたり、意味もなく叱られれば怒り、
悲しい時には、人前でも悲しめるよう、
しんどい事は後回し、
楽しい事があれば大笑い。

楽して生きたいものである。

さぁ〜これからも体験談を語り、
自分に正直な自分になろう。
自分の感情に素直になれるように、
自分のために!出来ることから始めよう。

何故か?感情が豊になり、
いままでの苛立ちや焦りは、
どこかへいってしまったようだ。

03/08/01 更新
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知らない間に“蓋(ふた)”をしてしまっていた感情

家族と旅行するとき、
無理に笑顔を作りながら、一緒だった。
でも笑顔を作っていないと、
家族が心配する。

自分が喜んだふりをする事で、
その場は楽しいはずだった。

この時期に無理に喜んだふりをした結果、
今でも喜んでいるふりをする。

友達であろうと、
仕事仲間であろうと、
学校の先生であろうと、

生活は全て、喜んだふり。

「こんな生活もう嫌だ〜」
と思っても、喜んだふりをやめられない。

自分は何をしているのか?
何がしたいのか?
何故?生きているのか?
わからない。

何が楽しくて?
何が面白くて?
何に喜んでいるのか?
わからない。

人に合わせるだけの人生が
こんなに辛いものなんて、
思いもしなかった。

自分の人生は自分の物と
知ってから、
幼少の頃を思い出す。

「あの時も喜んだふりをしていた。」
と思い出す。

自分の幼少期を思い出すことは、
自分のために自分の事を思い出させてあげる事。
自分のために何かをする事なんて、
今までなかった。

でも自分のために何か?出来ている。

「あの時は本当に楽しくて喜んでいた時があった。」
自分でも記憶の中に喜んでいる時が思い出された。

喜んでいいんだ。
楽しんでいいんだ。

本当の自分でいいんだ・・・

03/10/16 更新
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傷つけられたり、意味もなく叱られれば怒る。
しかし、アダルトチルドレンの育つ家庭は、
怒ってはいけない事を悟ってしまう。
自分がどんなに怒りにかられていようと、
怒る事をやめてしまっている。

怒っている人を見ると、「そんなに怒らなくても・・・」と、
妙に怒っている事を馬鹿にしてしまう時もある。

しかし、怒る事をしなかったアダルトチルドレンは、
怒り方を知らないというより出来ない。
今まで怒りの感情を表に出さないし、発散もしない。

もし、怒りが残っていればそれは蓋をされたまま、
どこかの心の奥にある。
どんなに滑稽(こっけい)でも、
どんなに馬鹿にされ、思われようと、
怒りの感情は残ってしまうより、残らない方がいい。

自分に子どもが出来たとき、
怒りは子どもに向かわないか?心配でもある。

腹がたてば、怒ればいい。
自分が正しい事をゆっていようと、
間違った事をゆっていようと、
怒りの感情は、怒らなければ、
自分に残ってしまう。

素直に?怒る事が出来るようになりたい。

03/10/11 更新
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哀しみってどんなだろう?

家族といるといつもオドオドして、
怖ささえあり、
一緒にいるのに寂しさがあった。

自分が自分でないような、
そんな感じをもっている。

家族といるのに寂しい時、
独りでいる事にした部屋。

家族と一緒でも独りなので、
独りにいることにした。

でも寂しさはなくならないし、
独りではどうにも出来ない自分。

どこへ行っても独り。
家族といても独り。

これを哀しみというのだろうか。

独りいる部屋で、
哀しみが充満する。

このままではいけないと、
なんとかしようとするけど、
どうにもならない。

「自分だけしかわからない哀しみ。」
だと思っていた。
自分独りだけなんだと・・・

そんな中、
独りではないことに気付く事が出来た。

この哀しみは独りだけのものだったのに、
同じ哀しみを持っている人がいるのを知った。

独り部屋で泣いていたのに、
独りではないことを知った。

泣いていいんだ。
哀しんでいいんだ。
ダメでいいんだ。
何も出来なくていいんだ。

同じ哀しみを持っている人に
話をしてみた、聞いてみた。

独りではなかったんだ・・・

03/10/25 更新
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今まで、楽しさは知らなかった。
どんな事が楽しいのだろう?

家族といるときも楽しい振りをしているだけで、
ほんとうに楽しいと思った事はなかった。

楽しいって人のために楽しむこと?
楽しいって無理して楽しむこと?

そんな思いで生きてきて、
楽しい事がわからない。

心から笑った事がなく、
心から楽しんだ事もない。

楽しむことはいけないこと?

楽しもうとすると、
罪悪感でいっぱいなる。

家族で培った、無言の掟。
家族の中では、暗黙の了解。

そんな家庭内の生活で、
楽しみなんて、ありえなかった。

教えてもらえなかった楽しみを、
自分で探していくしか術はなく、
自分で探していこうと思う。

自分探しのこの中で、
楽しみを探す事も自分探し。

体験談を語っては、
涙を流し、
幼少の頃を思い出しては、
怒りがこみ上げて、
冗談を言えたとき、
喜べた。

次は楽しみを探すだけ。

もう少しで見つかりそう。

04/01/28 更新
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